手島堵庵関連エントリー

身心と心身

... 後継者には手島堵庵(1718~1786)などがおり、その思想は白石正邦編『手島堵庵心学集』(岩波文庫・1934年)などで知られます。それから、R・N・ベラーは『徳川時代の宗教』(池田昭訳、岩波文庫・1996年)でヴェーバーの社会学的手法を用いて同著を記し ...

身心と心身

落語の「天災」にも登場する心学の先生。一部の人には嫌われ ...

... 人物とは次のうちの誰でしょうか? [い]石田梅岩(いしだばいがん) [ろ]手島堵庵(てじまとあん) [は]中沢道二(なかざわどうじ) [に]安楽庵策伝(あんらくあんさくでん) [ほ ... 手島堵庵(享保3(1718)年~天明6(1786)年)らによって引き継がれ ...

落語の「天災」にも登場する心学の先生。一部の人には嫌われ ...

名言集【心】Ⅰ

心のなかに夢をしまっておく場所をあけておけ M・L・キング 人に接する時は、暖かい春の心。仕事をする時は、燃える夏の心。考える時は、澄んだ秋の心。自分に向かう時は、厳しい冬の心。 鮫島輝明 人の心はパラシュートのようなものだ。 ...

名言集【心】Ⅰ

ならぬ堪忍 するが堪忍

... 「石門心学」の祖・石田梅岩の弟子である手島堵庵の弟子。 「心学」の思想は、神道・儒教・仏教の三教合一説を基盤としており ... 道二は家業を継いで機織りを営むが、四十半ばに手島堵庵の弟子となり石門心学の 修業に励む。 堵庵の命で関東に ...

ならぬ堪忍 するが堪忍

手島堵庵とは?

手島堵庵(てじまとあん、享保3年5月13日 (旧暦) 5月13日(1718年6月12日) - 天明6年2月9日 (旧暦) 2月9日(1786年3月8日))は、江戸時代中期の心学者。豪商上河蓋岳の子で、母は上河氏。子に手島和庵がいる。本名上河喬房。通称を近江屋源右衛門という。字は応元、名は信、別名は東郭。
18歳の時に石田梅岩に師事。元文3年(1738年)開悟し、宝暦12年(1773年)頃に家業を和庵に譲る。その後は、石門心学の講説を行い、兄弟子たちの相次ぐ死もあって、名声をあげる。隠居した当初は、京都富小路の五楽舎に住み、講学の場とするも、門弟の増加により、安永2年(1773年)に五条東洞院に修正舎、安永8年(1779年)には西陣の時習舎、天明2年(1782年)には、河原町に明倫舎を建て、石門心学の普及、宣伝に尽力する。

手島堵庵の詳細